1999
「1999」第1章
第2話「井上」




 僕がGARAXYに足しげく通うのには理由がある―――井上と柿原に会うためだ。僕たち3人は、中学生の頃からの腐れ縁で、25歳となった現在も月に1、2度は集まって遊んでいる。


 井上とは中学の部活で知り合った。バレー部だったんだが、僕も井上も、名実共に完全なる幽霊部員だった。
 僕が通っていた中学には「入学したら必ずどこかの部活に所属しなければいけない」という、ふざけた校則があった。ダルい話である。当然の事ながら僕は「部活」などという意味不明のコミュニティに所属し、1・2歳しか年の違わない人間相手に「先輩」「後輩」だのと呼び合ったり、然したる意味もない活動に精を出したりする事など、まっぴら御免だった。
 そこで僕は事前に手を打っておいた。中学の入学式前に友達の兄貴を350円で買収し「バレー部はヌルいらしい」という貴重な情報を手に入れたのだ。 
 で、速攻でバレー部に入部希望を出したわけである。


 ところが実際に入ってみると、バレー部は最悪だった。確かにヌルいにはヌルかった。顧問の教師は「安定した収入だけが目的で教師になりました」といった感じの、痩せ細った中年男で、殆ど部に顔を出さなかったから、部員はやりたい放題だった。
 それはよかったんだが、いかんせん先輩達がドヤンキーばかりで、おまけに低脳ときてるものだから、やたらと威張り散らすのである。部内にはカースト制ばりの厳しい階級制度が敷かれており、目が合えば「挨拶しろ」だの「目上の人間を敬え」だのと、鬼姑の如き五月蝿さである。文句のひとつも言ってやりたくなるんだが、口答えすると殴る、蹴るの暴行を受けるのだ。


 そんな馬鹿げたルールに、この僕が従う筈も無い。というわけで、早々とバレー部からフェードアウトしたわけだ。


「勝手に抜けたりしたら、それこそリンチものなんじゃないか」って?―――ところがどっこい、そこはうまく切り抜けた。
 先輩達は放課後部室に溜まり、タバコを吸うのを日課としていた。僕は学校教育なんてクソだと思っていたが、勉強だけは自分でも驚くほど出来たので、教師連中へのウケが非常によかった。早い話が、優等生だと思われていたのだ。
 先輩達は、そういう僕に手を出すのをためらっていた。僕をボコったら、報復にタバコの件を教師に密告されるんじゃないかとでも思っていたんだろう。まあ仮にボコられていたら、タバコだけじゃなくてロッカーに隠してある無修正エロDVDの件もチクったと思うけど、ともかく僕は粛清を免れた。「ヤンキー」という生き物は、同種の者に対しては暴力をもって支配を試みるが、僕のような非ヤンキーの異人種に対しては、案外弱いものなのである。


 井上は、僕が部をフェードアウトしたときに、一緒についてきた。恐らく本能的に「この地獄から脱出するのは今のタイミングを置いて他にない」と考えたのだろう。実に正しい判断である。
 残された連中は哀れなものだった。二年に進級するまでの間、低脳な先輩達にど突かれ、パシリに使われ、「特訓」という名目で無意味なシゴキを強要された。そういえばバレーボールを頭にぶつけられて脳震盪を起こし、救急車で運ばれた奴もいた。
 今思い出しても、鳥肌の立つような、おぞましい記憶である。生まれた年が1、2年違うだけで、何故かの如き不当な扱いに耐えなければいけないのか?まっとくもって理不尽極まりない話である。


 兎に角、そのような経緯でもって幽霊部員と化した僕と井上は、授業が終わると早々学校を退散し、街をぶらつくようになった。


 そんな我々の溜まり場が、GARAXYであった。

 GARAXYは、駅前にあるシケたゲーセンである。
 店に置いてある筐体の大半は、時代遅れもいい所の糞ゲーばかりで、花札やポーカーのメダルゲームや、脱衣麻雀なんかだった。「脱衣麻雀」と言っても、萌えキャラなんぞは出てこない。前時代的な劇画タッチのお姉さんが、色目を使いながら脱いでいくやつだ。
 GARAXYはそんな感じの駄目な店だったけど、1プレイ20円という安さが魅力だった。当時中学生だった僕と井上は、そんなに金を持っていなかったから、正直なところGARAXYの他に行く当てが無かったのである。

 唯一の救いは「メルティ・ギア」が置いてあったことだ。メルティ・ギアというのは当時大流行した2D格闘ゲームで、僕と井上はそれこそ狂ったようにプレイしていた。



 そのメルティ・ギアを通じて、僕たちは「柿原」と知り合ったのだ――――




(続く)




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