
「1999」第1章
第4話「異変」
僕と井上は、KOF]Vに興じつつ、柿原を待った。
ところが、いつまで経っても柿原は現れない。
これは一体、どうした事か?僕は不思議に思った。これまで柿原が、何の連絡も入れずに約束をすっぽかした事は、一度だって無いのだ。
柿原は、殆どパラノイアと言って良いくらいに律儀な男だ。加えて奴は、僕達3人の中でこの会合を、最も大切に考えている男である。
僕は何度か会合をすっぽかしたことがあるんだが、その度に柿原は激怒した。
「来れないなら来れないで、最低限連絡だけは入れてくれ!僕達みたいな、会う必然性のない関係は、ほんの些細な事がきっかけて駄目になるんだから。関係を維持する事に最大限の注意を払わないと、あっという間にバラバラになってしまうよ!」
というのが柿原の主張だった。
「ウザい奴だ」と思うと同時に「そうかもしれない」とも感じた。僕達3人の関係を繋ぎとめているのは、そういうあまりにも儚くて、脆い糸に過ぎないのかもしれない。
僕は柿原の携帯に電話をかけてみた。だが、電源が切れているらしく繋がらない。『お掛けになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない所に』云々という無機質な女の声が、僕の耳に虚しく響いた。
何だかイヤな予感がした。
僕は井上がバイトを上がるのを待って、二人で柿原の部屋に行くことにした。
柿原は最近独り暮らしを始めた。それまでは実家から会社に通っていたんだが、「いつまでも親元に居るわけにはいかない」とでも考えたのだろう、職場から3駅離れた場所にある、マンションの部屋を借りた。
悪くないマンションである。
12階建ての新築だ。1DKで、家賃は10万5000円。僕の小遣いの倍の額である。
瀟洒なエントランスを潜り抜けると、その先はちょっとしたロビーになっている。柱には、どこぞやの著名な写真家が撮ったトキの群れの写真が飾ってあり、壁の脇にインターホンが設置されていた。
正面には、横開き式の自動ドアが立ちはだかっている。管理人はいないが、インターホンを通じて住人に連絡し、部屋の中からドアを開けてもらわない限り、中に入れない仕組みだ。
新聞のセールスやNHKの受信料集金人、エホ○の証人の布教活動者といった招かれざる客達を通さないための、難攻不落の要塞である。
僕はインターホンに向かい、柿原の部屋の番号をプッシュした。柿原が部屋にいれば、ドアを開けてくれるはずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・。
返事が無い。待てど暮らせど、柿原はインターホンの呼び出しに応じなかった。
「出ないね。居ないのかも。」
しびれを切らした井上が言った。
電話にも出ない、部屋にも居ない、GARAXYにも現れない。では、柿原は今、どこで何をしているというのか?
イヤな予感が、現実になりつつあった。
あの四角四面の律儀野郎かつ、天下無敵の糞真面目マシーンとして全宇宙に名を馳せた柿原が、僕達に何の連絡もなく消えた―――――あり得ない事態である。
僕は「もう帰ろう」と言い出した井上を制止し、ロビーの隅でチャンスを待つことにした。
一見難攻不落に見えるこの要塞にも、欠点はある。何のことはない、住人が出てくるタイミングを見計らって、中に飛び込めばいいのだ。
10分後、眠たそうな顔をした中年男がドアの向こうのエレベーターから降りてきた。自動ドアが開いた瞬間、僕は井上を引っ張り、何食わぬ顔をして中に入り、エレベーターのボタンを押した。
とりあえず、進入は成功である。
僕達は柿原の住む403号室を目指した。
急がなければいけない気がした。柿原の身に何かが起こったのは、最早疑いようがない。
自慢ではないが、僕はカンがいい。霊感みたいな特殊な能力が、備わっているとしか言いようがない位だ。この特殊な感覚のお陰で、大した勉強をしていなくても、そこそこの大学に潜り込めたのである。ヤマカンで選択問題を当てることに関して、僕の右に出るものはいない。
ていうか、今はそんな事はどうだっていい。
柿原である。
403号室に近づくにつれて、僕の中の、モヤモヤしたものが大きくなっていった。自然と鼓動が早くなる。そんなに早く歩いているわけでもないのに、息苦しい。掌に、イヤな汗が滲んできた。
部屋の前に着いた。
僕はドアのノブに手をかけた。鍵は掛かっていない。
「おーーい、柿原ぁーーーーっ!!!」
ドアを開け、柿原を呼んでみた。返事はない。
だが部屋の中からは、音楽が聴こえてくる。ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」だ。至極オッサンくさい、加齢臭漂うAORの名曲である。こんな曲を好き好んで聴く奴は、少なくとも僕の友人には柿原しか居ない。
思わず、部屋の中に踏み込んだ。あちこちにダンボールやペットボトルが置かれたキッチンを通り抜け、部屋に続くドアを開け、
そこで僕が、目にしたものは―――――――――。
(続く)
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