
「1999」第1章
第10話「記憶」
夢を見た―――――――。
夢の中の僕は14歳だった。僕はいつものようにGARAXYにいて、隣には井上がいて、そして柿原がいた。
「ねえ。」
そう切り出したのは柿原だった。
「君たち二人は、ノストラダムスの大予言を信じてる?」
日頃からから無口な男が、珍しいなと思った。
ああそうだ、
これは古い記憶だ。
この日はなんとなくメルティ・ギアに集中できなくて、早めに切り上げてGARAXYを出たんだった。僕たち三人は何をするでもなく、近くの公園にたむろしていた。
「わかんねえ。」
と井上は言った。こういった話題にはあまり興味がない様子だった。
「ノストラダムスかぁ――――。
この手の予言はゴマンとあるけど、まあ殆どがインチキだわな。いわゆるところの終末論ってやつ。大衆の恐怖を煽って、飯のタネを作ろうっていう、せこい輩がでっちあげた出鱈目さ。
けど、ノストラダムスの大予言だけは、何となく気になってるな。何ていうか、あれだけは『別格』で感じ。」
「うん。」
柿原は僕の顔を見て、深く頷いた。僕の意見に満足している様子だった。
「僕は信じている。」
柿原ははっきりと言い切った。
「へえー。なんか意外。柿原ってそういうのは信じないと思ってたわ。なんつうか、科学万能主義者って感じ?」
井上が柿原をからかった。柿原は照れくさそうに笑った。
「信じているなんてもんじゃない。僕は、ノストラダムスの大予言に賭けてる。」
すぐに真顔に戻り、柿原が言った。
「賭ける?
――――賭けるって、一体何を賭けるんだ?」
僕は聞いてみた。
「全てを、さ。」
「全て?」
「うん。
僕は今年を―――1999年をずっと待っていた。
ノストラダムスの予言した大魔王は、必ず降臨する。そして世界は滅亡する。大魔王が全てを壊してくれるんだ。
けれども僕たち3人は死なない。終わりは始まりでもある。
全てが破壊された後、新しい世界が生まれるだろう。それから僕の――――僕たちの、本当の生活が始まるんだ。」
柿原は立ち上がり、目を輝かせて熱弁を振るった。こいつが饒舌になったのは、後にも先にもこの時だけだ。
「なんでそんなことがわかるんだよ?」
と井上。
「わかるさ。」
「だから、何でだよ?」
「そうでなきゃ、あまりにもつまらないじゃないか。
退屈な学校。退屈な勉強。一体何の意味がある?僕たちには未来も夢も希望も無い。何も無いんだ。
価値がないことが分かりきっている受験勉強を続けて、いい高校に行って、いい大学に行って、いい会社に就職する。それしか選択肢がない。
それでも僕たちは決まりきったレールの上を歩いていくしかない。道を踏み外さないようにビクビクしながらね。
こんな状況を変えてくれるのは、大魔王しかいない。大魔王が全てを破壊してくれさえすれば、レールの拘束から逃れられるんだ。」
「ふーむ。」
僕は唸った。
「そういうもんかねえ…。」
井上も唸った。
「よく分からんな。
レールが嫌なら、そんなものは無視すればいい。そもそもレールなんてものが存在すると思うから、苦しいんじゃないのか?」
僕は反論してみた。柿原は、何かから逃げているように感じたのだ。でも、何から逃げているのかは分からなかった。
それを聞いた柿原は、少し驚いた様子で沈黙した。
その沈黙は、しばらくの間続いた。僕たち3人は何も語らないまま、気まずい数分間を過ごした。
沈黙を破ったのもやはり柿原だった。柿原は、
「東芝君にはわからないよ。」
と言った。
「どうして?」
僕は聞いた。
「君は強すぎる。」
そう言って柿原は、悲しそうに笑った。
それは深い絶望に満ちた笑顔だった。
決定的なものを喪失してしまった人間の顔だ、と僕は思った。
(続く)
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