1999
「1999」第2章
第3話「NT教団(3)」




 といった感じで、荒井の講義は実に1時間30分にわたって続いた。
 あまりにもアホらしく、冗長で、退屈な内容だったので詳細は割愛させていただくが、要約すると、

@ノストラダムスの予言通り、1999年にアンゴルモアの大魔王が降臨し、ハルマゲドンが勃発して人類は滅亡するはずだった。
Aそれは地球的規模で見れば「良いこと」だった。大魔王によって人類は浄化され、悪い人間が死に絶えて、良い人間だけが生き残り、新たな世紀が始まる予定だった。
Bだが、ハルマゲドンはヨサルディン・ポ・ゲペドンなる、謎の人物によって阻止された。大魔王もゲペドン某が封印したらしい。
C教団の目的は、アンゴルモアの大魔王を復活させ、ハルマゲドンを起こして人類を滅ぼすことである。


 とまあ、そういうことらしい。
 いかんともしがたいアレな話である。いまどき、どんな糞ゲーだってそんなベタベタな設定は採用しない。提出した瞬間に即却下だ。
 こんな与太話を柿原は信じたというのだろうか?僕は不思議に思った。

 柿原は、この手の詐欺に引っかかるようなアホではなかったはずだ。

「ではここで、我等が教祖、ツキヨミ様のお言葉を頂きたいと思います。」
 一通り話を終えると、荒井は隣に立っているツキヨミの顔を見た。ツキヨミは荒井の顔を横目で見たあと、舌打ちをして、僕達のほうに向き直った。

「あー・・・うー・・・」

 ツキヨミは何を話せばよいやらわからず、困惑しているようだった。
 そのとき、僕達の後ろに座っていたリーマン風の男が、突然立ちあがった。

 で、

「ツキヨミ様万歳!!ツキヨミ様ばんさーーーーーーい!!!ツキヨミさまああああバンザアアアアイッ!!!!!!!」

 と涙を流しながら叫び始めるではないか。
 それを見て、ただでさえ不機嫌そうだったツキヨミの顔が、より一層険しくなった。

「黙れ。」
 吐き捨てるように、ツキヨミが言った。

 すると男は「ぐげっ」というウシガエルの断末魔のような声をあげて沈黙した。
 僕は後ろを振り返り、男を見た。



 驚くべき光景が、そこに展開されていた。



 男の体は宙に浮いていた。男はゆっくりと上昇していき、床から1.5mくらいの所で静止した。浮遊しながら男は、苦しそうに顔を歪め、脂汗をかいている。口角からは小さな泡が吹き出していた。
 気のせいだろうか、ツキヨミの両目からは赤い光が発せられているように見える。


「把っ!!」
 ツキヨミが言葉にならない奇妙な音を発声した瞬間、男は後方に吹き飛んだ。部屋の壁に激突した男は、そのまま床に崩れ落ち、意識を失った。


「不愉快だ。妾は去る。」

 そう言うとツキヨミは部屋を出ていった。









 セミナーを後にした僕達は、とりあえずコーヒーの一杯でも飲みながら作戦会議をしようと、スタバに入った。
 店内は、それなりに賑わっている。
 僕はレモンケーキとホットコーヒーを注文した。鈴木は生意気にも「豆乳抹茶ラテ小豆入り」なんぞという、わけの分からぬものを頼んでいた。
 個人的にはスタバに行ったらレモンケーキとホットコーヒー以外ありえないと思っている。チェーン系の店で定番メニュー以外を注文することは、殆ど自殺行為に等しい。あまりにもリスクが大きすぎるのだ。僕は歴史的な淘汰の洗礼を受けてきたものしか認めない。こんなところでギャンブルに出たところで、一文の得にもなりはしないのだ。

「しかし、ちっと驚いたね。」
 鈴木が言った。下品な音を立てて、豆乳抹茶ラテ小豆入りをすすっている。

「ん?
 あー、あの空中浮遊な。」
 それにしてもスターバックスのレモンケーキは旨い。良質なシュガーにコーティングされたスポンジが、口の中でとろけるようだ。これさえあれば、他には何もいらない。いうまでもないとは思うが、一応言っとくと、コーヒーはいる。

「そ。
 どんな手品使ったんだろうね。」
 そう言いながら鈴木は、あろうことか僕の大切なレモンケーキに手を伸ばしてきた。僕はケーキの乗っかった皿を素早く鈴木の手が届かない位置まで移動させた。「いいじゃん、ケチ。」鈴木は口を尖らせて言った。他の婦女子ならいざしらず、こいつのアヒル口からは食物に対する卑しさしか感じられない。

「手品ではないと思うよ。」
 レモンケーキに舌鼓を打ちながら、何事もなかったように僕は言った。

「??????????????????????????」
 それを聞いた鈴木の頭上に、26個ほどクエスチョンマークが出現した。 

「あれはトリックじゃない。」

「じゃあ何なのよ。まさか、ホントに超能力を使ったとでも思ってるわけ?」

「わからない。けど・・・」

「けど、何よ?」
 鈴木は中腰の状態で僕の顔を覗き込んできた。でもって睨み付けてくる。鈴木の目は「つまらぬ回答だったら噛み殺す」と雄弁に語っていた。どうやら一度疑問が生まれたら、完全に解決するまで放っておけない体質らしい。

「ツキヨミは、多分ガチだ。」
 レモンケーキを完食した後、僕は言った。

「ガチ?」
 鈴木が聞き返す。

「うん。僕はそう感じた。」

「ガチって何さ?」

「わからない。」

「・・・。」

 鈴木はそれ以上何も言わなかった。
 ツキヨミには、得体の知れない不思議な力がある。自分でも理解に苦しむのだが、そんな気がした。僕の中の深いところにある<何か>がそう告げているとしか言いようが無かった。その<何か>は、今も僕に主張し続けている。






 アレハ ヤバイ モノダ




 アレニハ チカヅクナ







 と。




(続く)




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