
「1999」第2章
第4話「NT教団(4)」
「マジか!!やべーな、そりゃあ。」
翌日、僕は事の顛末を報告しにGARAXYへ向かった。上のは、その時井上の第一声である。
「ちきしょう俺もリーマンの空中浮遊、見たかったぜ・・・!!」
井上は本当に残念そうだった。
「うむ。中々に見ごたえのある見世物だったぞ、ありゃ。」
僕は井上の中の「残念さ」を加速させるべく、さもセミナーが楽しかったかのように吹聴した。僕の誘いを蹴り、労働なぞに興じた罰である。
「で、どうするよ?」と井上。
「ううむ。」僕は唸った。
そうなのだ。これからどうしたものだろうか。正直なところ、この先のビジョンが全く見えてこない。NT教団のセミナーに参加してみて、とりあえず奴等は怪しそうだという印象は受けたものの、証拠のようなものは一切掴んでいない。未だ全ては混沌の中にある。
「もうちょっと教団に近づいてみないことには、何ともいえんなあ。
いっそ信者になりすまして、教団に潜入でもするかな・・・。」
『どうするよ?』という問いへの答えに詰まった僕は、つい口を滑らせてしまった。
「いいね、それ。」
井上の顔色が、明るくなった。
僕は<しまった>と思った。だがもう遅い。
NT教団に潜入する―――――確かにこれは極めて効果的な戦略ではある。恐らく、柿原の死と教団の関係の洗うにはその方法しかないだろう。
だが、あまりにも面倒くさすぎる。奴等は得体の知れない連中だ。潜入のリスクは、ぱっと思いついただけで65535個は下らない。何をさられるかわかったものではないのである。ふと気付けば意味不明のヘッドギアを装着させられ、脳内に奇妙な電波を送り込まれるかもしれないし、窓もトイレもない独房にぶちこまれて、穴を掘って埋め返すだけの単純作業を一生強要させられるかもしれない。
それに、何よりもあの、ツキヨミという少女が恐ろしい。<あれ>に関わるのはヤバい気がする。マジ半端なく勘弁してほしい。
僕は少しだけ柿原を恨んだ。
よくもまあ、こんなやっかいなタスクを遺して死んでくれたものである。
もし奴が化けで出てきて、僕の枕元に立つようなことがあれば、最低3時間は説教漬けにしてやらなければ気が済まない。
覚悟を決めた僕は、自宅に戻ってPCを起動してIEを起動して、NT教団のHPへ飛んだ。
で、入信希望のメールをつらつらと書き連ねた。
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『鈴木一郎』というのは、言うまでもなく偽名である。登録制のエロサイトをはじめとした、ログインを必要とする怪しげなサイトで使用している架空のプロフィールだ。住所は出鱈目で、連絡先も捨てメアドだ。携帯の電話番号だけは偽装しなかったが、教団側に怪しまれた場合すぐに番号の変更手続きができるよう、必要な書類は揃えておいた。
狂信者のるつぼみたいな場所に飛び込むのだから、打てる手は打っておいたほうがいい。
翌日、荒井から返信があった。
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極めて事務的で、無駄のないメールだった。見方によっては威圧的ともとれる文章である。この文章を書いたのが荒井本人だとすれば、この男から情報を引き出すのは容易ではないかもしれない。
だが、もう後戻りはできない。事態は確実にある一定の方向へ流れ始めている。或いは避けられない運命だったのかもしれない。いずれにせよ、僕はもう運命に逆らう気は無い。既に犀は投げられたのだ。
僕は荒井からのメールをプリントアウトした。
いよいよ、教団に乗り込むことになりそうだ――――。
(続く)
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