1999
「1999」第2章
第8話「マッチ売りの少女(2)」




 こういった態度は、この「NT教団」という、あまりにも馬鹿げた組織に所属する人間全員に共通している性質である気がする。
 彼らはたぶん、本気でノストラダムスの予言を信じているわけではない。心の底ではインチキだと承知していながら、信じているような「フリ」をしているだけなのだ。

 では何故、彼らはこのような不毛な活動を続けるのか?

 恐らく、他にすることが何もないからだろう。要するに、ヒマなのだ。
 科学文明の発達によって、人類は生存に必要不可欠な殆どの労働から解放された。先進国に住む人間にとって最大の悩みの種は、今や「ヒマ」となりつつある。ヒマは精神を退屈にさせ、退屈は魂の虚無を産む。そして、多くの人々は虚無に耐えられないのである。虚無は人を狂気へと駆り立てる。狂気の先にあるものは「死」だ。
 それ故に人は、虚無から逃れるため、人生から必死で「ヒマ」を取り除こうとする。意味があるように思える目標や、意義を感じられる活動を探し、それにしがみつく。アッラーだろうがキリストだろうがラエリアンだろうが、はたまたノストラダムスの大魔王だろうが、人生に意味を与えてくれればなんだって良いのだ。例えそれが実際には、何の価値もないゴミ屑に過ぎなかったとしても、そんなことはどうだっていいのだ。「ない」ものを「ある」と言い張り、嘘と真実をごちゃまぜにする。そんな混沌の中に人々は生きている。真実に目を瞑り、心の底で罪悪感に怯えながら。まさに盲目の子羊である。
 
 マッチ売りの少女にしたって、実のところはヨサルディン某などというオッサンのことなど、どうでもいいに違いない。

「今回のところは、ヨサルディン探索は他の信者さんたちに任せませんか。」
 と僕は提案した。僕の推測が正しければ、マッチ売りの少女はこの提案に賛成するはずである。

「え…でも…。」

「今から彼らを追いかけていって、仮に合流できたとしても、足手まといになるだけのような気がするんです。」

「…そうかもしれませんね。
 じゃあ、探索は皆さんに任せましょう。」

 案の定、マッチ売りの少女は提案をあっさりと受け入れた。 
 僕としては願ったり叶ったりの展開である。このチャンスを生かして、彼女に色々と質問をぶつけてみよう。もしかすると柿原殺害についての有力な情報が得られるかもしれない。

 が、本丸に切り込む前に。

 少々雑談などに興じ、マッチ売りの少女と僕の間に流れている、緊張した空気を解いたほうがよいだろう。彼女は事件とは何の関係もないはずだ。いきなり本題に入るのは、少々早急すぎる。何事にも順序というものがあるのだ。

「ところで、マッチ…いや、エツ子さんは、どうしてNT教団に入ったんですか?」
 
 というわけで、個人的に一番気になっている質問をぶつけてみた。

「え…?」
 マッチ売りの少女はまた困惑している。その困惑たるや、まさにマッチが売れなくてどうしようと街頭に佇む少女そのものだ。もしかすると本当にマッチ売りの少女の生まれ変わりなんじゃなかろうか。

「僕は、ある友達に薦められて入信したんです。」

 これは出鱈目である。しかし、完全な嘘というわけではない。僕は、柿原の死が原因で教団に潜り込んでいるのだ。強引に解釈すれば、柿原は自らの死をもって僕に入信を薦めたのだ、といえなくもない。

「そうだったんですか。
 私も似たような感じです。友達にセミナーに誘われて、そのまま流れで入信しちゃいました。後から聞いたら、その友達は入信しなかったらしいんですけどね…。」
 
 そう言ってマッチ売りの少女は照れくさそうに笑った。「玉葱切ってたら涙が止まんなくなっちゃったの、私ってドジだから…てへ☆」みたいなノリである。

 それって結構ヤバくないですか。

「わたし、頼まれると断れない体質なんですよね。こんなことじゃ駄目だとは思ってるんですけど…。この前もそれで、酷い目にあったばっかりで。」

「ふむ。というと?」

「三ヶ月前のことなるんですけど。
 郵便受けに、一通の手紙が届いてたんですね。その手紙の内容は、

『あなたもサイドビジネスを初めてみませんか?未経験の方大歓迎!!自宅で出来る、とっても簡単なお仕事です!!!』

 というものでした。
 私、すごく魅力を感じたんです。特に『未経験でもできる』ってとこに。私、ずっとフリーターしてて、このままじゃダメだって、ずっとずっと思ってるんですけど、でも、どうすることもできなくて。」

 マッチ売りの少女は、幾分興奮した様子で話し始めた。気のせいだろうか。その目には狂気が宿っているように感じる。
 …なんか、すんごいイヤーな予感がするんですけど。

「そんな時にその手紙が届いたものだから、私、もう舞い上がっちゃって。すぐにでも話を聞きたかったこともあって、手紙に載っていた番号にTELしたんです。
 そしたら『明日事務所に来てくれ』って言われて。
 それで私、次の日、行ったんです。
 事務所についたら中に案内されて、怖そうな女の人が私の前に座って、すごい早口で喋るんです。
 私、その女の人が何を言ってるんだか、まったく理解できなかったんですけど『とにかく書類にサインしてくれればいいから』の一点張りで。
 それで、その場から逃げ出したい一心で、サインしたんです。

 そしたら一ヵ月後に浄水器が届いたんですね。ひとつじゃなくて、32個です。
 あの、詳しくはよく分からないんですけど、マニュアルを読んだら『先端科学の力で、水道水を海洋深層水に変える』って書いてあって。
 それは凄いなーって私、思って。全部合わせて120万円もするんですけど、希望小売価格は10万円で、全部売れれば200万円の利益になるし、友達を紹介すれば30万円のボーナスを払うって、マニュアルに書いてあって。

 私、それを読んで「やったー!!!」って思ったんです。
 私、ずっとフリーター続けてて、どうしようどうしようってばっか考えてて、私バカだから難しい仕事はできないし、結婚しようにも相手がいないし、だからどうしようどうしようって…。でも、これでなんとかなるんだ!私は助かるんだって思って。
 そのときは本当にそう思ったんです。

 けど、誰も買ってくれないんです。

 『水道水が海洋深層水になるなら、野良猫の小便がロマネ・コンティになるわ』とか酷いこと言われて…。
 誰も私を、信じてくれないんです。」

 まあ、そらそうだわな…。
 何かに取り憑かれたように喋り続けるマッチ売りの少女の話に、僕は耳を傾け続けた。
 

「鈴木さんは、どう思いますか。」

「え?」



「私、やっぱり、だまされたんでしょうか…?」




(続く)




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