1999
「1999」第3章
第1話「カブトムシ男(1)」




 柿原の死の謎を、ペンダントの持ち主である教団幹部が握っている―――僕はそのような仮説を立てた。
 なんとしてもその人物を特定し、コンタクトをとらなくてはいけない。

 だが、どうやって幹部と接触すれば良いか?下手に動いては怪しまれる。既に荒井は、僕に対して少なからず不信感を抱いているだろう。僕は荒井との会話の中で「柿原」の名前を出してしまった。今思えばあれは軽率な行為だったかもしれない。今後は出来る限り目立たないように動く必要がある。

 で、どうするか?

 悩みあぐねていた僕の元に、朗報が届いた。教団からのメールである。


鈴木様

お疲れ様です、NT教団事務局の西川です。
お渡ししたいものがありますので、ご都合のよいときに事務所までお越しください。


西川


 渡りに船である。西川というのは、幹部の一人ではないか。早速僕は返事を書いた。


西川様

お疲れ様です。
それでは明日、事務所へ伺います。

よろしくお願いします。


鈴木一郎


 翌日。

 僕はハピネスビルディングに足を運んだ。シケたビルである。名前とは裏腹に、ハピネスの欠片も見当たらない。相変わらずエレベーターも故障したままだ。僕は階段を使って事務所のある4Fへと向かった。
 
 事務所のドアを開けた瞬間、なにやら黒いものが中から飛び出してきた。驚いた僕は後ろにのけぞり、飛び出してきた物体に目をやった。
 その物体の正体は「男」だった。ひどく小柄な男だ。この顔には見覚えがある。定例会のときに、部屋に飛び込んできて「ヨサルディン・ポ・ゲペドンが見つかった!!」と叫んだ奴に違いない。
 そういえば僕は、この男に「カブトムシ男」というあだ名をつけていた。

 見れば見るほど奇妙な顔である。何が「カブトムシ」なのかは分からないが、兎に角カブトムシみたいな顔なのだ。カブトムシ男は眉間に皺を寄せ、度のきつそうな眼鏡のフレームを持ち上げて、僕の顔をしげしげと眺めた。それから、ぼそりと言った。 

「あ、失礼ですけど。もしかして、もしかすると貴方は鈴木さんでしょうか?」

「はい、そうです。鈴木です。」

「ああ、そうですか。丁度良かった。貴方を待っていました。あのですね、ちょっと私、用事があるので、今から5階に行かなくてはいけないんですよ。それで、申し訳ないんですけど、事務所の中で少し待っていて頂けますか。」

「わかりました。」

「あ、申し遅れました、私、西川です。」

「了解です。」

 なんとなくそんな気はしていたが、やはりカブトムシ男=西川だったらしい。
 僕は事務所の中に入り、薄汚れたソファーに座ってカブトムシ男を待った。









 数分後、勢いよく事務所のドアが開かれ、カブトムシ男が飛び込んできた。この男は常に小走りである。何をそんなに急いでいるのかは分からない。カブトムシ男は僕のそばまで駆け寄ってきて、

「どうもどうも。お待たせしました。あ、どうぞそのままソファーにお座りになっていて下さい。私はこっちの椅子に座って…と。
 ええと、申し送れました私教団事務所の西川と申します。あれ、そういえば自己紹介はもう済んでましたっけ?」と言った。

「はい。」僕は返事をした。

「それは失礼しました。すいませんすいません。そうか、そういえばもう自己紹介は済んでいたんだった。しまったしまった。ええと、それで次は何をしたら良かったんだっけな。ううん。あ、そうだ、思い出した。そうだそうだ。」

 カブトムシ男はものすごい早口で喋る。壊れたラジカセが独りでに早送り再生を始めたような、奇妙な声だ。話の内容は実に要領を得ない。頭の中で考えていることを、何かもかも吐き出しているみたいだ。あまりに早口で喋るために思考回路が追いつかず、ぶつりと話が途切れてしまうこともしばしばだった。もっとゆっくり話せば良いのにと思うのだが、どうやらそれは無理な注文らしい。恐らくカブトムシ男にとっては、早口で喋ることが思考回路をスタートさせるためのトリガーになっているのだ。


「あのですね、で、ここからが本題なんですけど。いいですか。今日は何故、鈴木さんにわざわざ事務所まで来て頂いたかというとですね、ええと、手帳の件についてです。NT手帳をお渡しするために来て頂いたのです。」

「NT手帳というと?」

「はい。ええと、ウチの教団がですね、主に行っている活動は、既に他の信者の方からお聞きになっているかもしれませんが、ヨサルディン・ポ・ゲペドンの探索なんです。」

「ああ、その男については近藤さんから少し聞きました。」

「ああ、広報のエッちゃんですか。それなら話は早いね。
 それでですね、何故私共がヨサルディン・ポ・ゲペドンを追っているか、というとですね………
 あれ、何でだっけ?ううん…すいませんちょっと待って下さいね、今思い出します。ええと…」

「大魔王の封印を解く鍵を握っているからでは?」

「あ!!そうそう。そうだそうだ。大魔王だ。ありがとうございます。ええと、その大魔王様をですね、かの憎きヨサルディン・ポ・ゲペドンが、封印してしまったわけなんです。
 ですから我々はヒック!!ああ、スイマセンどうぞ気にしないで下さいヒック!!ですから我々は、なんとしてもゲペドンの奴めを捕まえて締め上げねばならんわけなんですヒック!!

 突然カブトムシ男は吃逆を始めた。何かにつけて忙しい男である。

「あの、ひとつ質問があるんですが。いいですか?」

「どうぞどうぞヒック!!私に答えられることであれば何でも答えますので、遠慮なく聞いてくださいヒック!!
 
「ヨサルディン・ポ・ゲペドンは、大魔王様を<封印>したんですよね?」

「はい、ヒック!!そうです。」

「封印したということは、倒された訳ではないんですよね?では大魔王様はまだ生きていて、どこかに存在しているんですか?」

「良い質問です。」
 そう言うとカブトムシ男は急に真顔になり、ぎょろりとした魚類のような目で、天井の角をじっと見つめた。いつの間にか吃逆が止まっている。

「私に付いてきて下さい。」
 カブトムシ男は立ち上がり、すたすたと小走りで事務所を出ていった。




 僕はカブトムシ男の後を追った。




(続く)




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