1999
「1999」第3章
第2話「カブトムシ男(2)」




 数分後、僕は炊飯ジャーの前で絶句していた。

「この炊飯器です、大魔王様が封印されているのは。鈴木さんはとても幸運な方ですよ。一般の信者さんは滅多にお目にかかれない代物ですからね。今日は特別出血大サービスで公開しているのです。そのことを肝に命じておいてくださいね―――我々はヨサルディン・ポ・ゲペドンのアジトに潜入し、命懸けでこのジャーを手に入れたのです。」

 開いた口が塞がらないどころの騒ぎではない。顎関節症になってしまいそうだ。
 炊飯ジャーは見るからに旧式のやつで、下部にはつまみで回すタイプのタイマーがついていた。全体に花柄模様がプリントされており、あちこちに黄ばみ、サビが見受けられる。
 蓋の上に「封印」と汚い字で書かれた紙切れが貼ってある。お札のつもりだろうか。

 それにしても寒い。というのは、炊飯ジャーが保管されている場所が冷凍室になっているからだ。部屋の隅にあった温度計を見ると、零下25度あたりを指している。何のためにわざわざ冷凍室で保管するのかは分らない。まったくの謎である。常温下に置いておくと、大魔王が復活する恐れがあるからだろうか。
 だが、そもそもこの教団の存在理由は大魔王の封印を解くことにあるのであり、封印が解けたならばかえってラッキーなのだ。故にそのセンは消える。

 まあ今までの流れから察するに、何となく置いているだけなんだろう。多分、雰囲気でこんな場所に保管しているのだ。実にバカバカしい。


 僕はジャーを調べてみたくなり、お札の貼ってあるあたりに手を伸ばした。すると、

「ああっ!!ちょ、ちょっと何をする気ですか!?勘弁してくださいよ。あの、スイマセンけど、お触りは無しの方向でお願いします。ご神体なんですからね、そのあたりを理解して、大事に大事に扱ってもらわないと困るんです、大事に。頼みますよ。」

 と、カブトムシ男がものすごい早口で言った。兎に角すごい早口だった。少なくとも僕がこれまで聞いた早口の中ではダントツでトップである。速聴のテープだってこんな速度では再生されない。

「あの、申し訳ないんですけど、これからちょっとお話したいことがあるのと、お渡ししたいものがあるので、事務所に戻りましょう。くれぐれもお願いしますよ、ご神体なんですから。」

 そう言うと、カブトムシ男は冷凍室から足早に退出した。
 もう少し炊飯器を調べてみたかったんだけど、仕方ない。









「これをどうぞ。」

 僕はカブトムシ男から手帳を受け取った。手帳といっても数ページしかないペラペラなやつで、どちらかといえば「しおり」に近い。けれども表紙には「NT手帳」とでかでかと書いてある。ここまで「手帳」と書いてあるからには「しおり」ではないのだろう。あくまで「手帳」なんだろう。

「それは教団が信者の皆様に発行している手帳です。裏に番号が振ってありますので、確認をお願いします。」


 僕はペラペラの手帳を裏返して、見た。
 A-257とある。

「それが鈴木さんの信者番号になりますので、忘れないように覚えておいてください。
 それでですね、次は手帳の中身の説明になるんですけど、ええと、8ページ目を開いてください。裏から2ページ目になります。」

 言われるがままに8ページを開いてみると、格子状のマス目が並んでいた。マス目の中には1から20までの数字が振ってある。









 一見ビンゴゲームのシートのようにも見える。


「その表は、鈴木さんの教団への貢献度を示します。
 今後鈴木さんが、何か教団にとってプラスになることを行ったら、事務所に来てください。NTシールをお渡しします。
例えばイベントのチラシ配布作業であればシール1枚、ヨサルディン発見の報告であればシール3枚といった感じです。それで、シールを貰ったら、速やかに手帳に貼り付けてください。紛失した場合、再発行は効きませんので気をつけて。
 シールを20枚貼り終わったら、次のステージのNT手帳を発行します。ええと、ステージはT〜Xまでの5段階ありまして、これが信者のランクを表す仕組みとなっております。」

「信者のランク。というと?」

「ランクは教団内における地位を客観的に表したものです。まあ、ぶっちゃけたことを言えばランクが実際の活動に関わってくることは滅多にないので、そこまでの意味はないのですが、とりあえずの指標だと認識しておいてください。」

<とりあえずの指標>って何なんだろう。雲をマジックハンドで掴むような話だ。

「するとカブトムシお…」

「カブトムシ?」

「いえ、何でもないです。そうすると例えば、西川さんなんかは、どのあたりのランクにおられるわけですか?」

「ああ、私にランクはありません。」
 カブトムシ男は即答した。心なしか誇らしげな表情をしている。予想通りのリアクションだ。
 この質問は一種の誘導尋問である。

「ええ!?どういうことですか?」
 僕は驚いたフリをした。いくらなんでもわざとらし過ぎたかもしれないけれど。ちょっと恥ずかしい。

「私は幹部ですから。ほら、これを見てください。」

 カブトムシ男は懐から卵型のペンダントを取り出した。

「これは…なんですか?」
 僕は何も知らないフリをした。

「何だ、知らないのですか。教団幹部の証です。このペンダントは、教団に特に貢献した者のみに与えられる貴重なものなんですよ。ほら、見てください。こうすると真二つに割れますよね?で、ここに1999のしるしがあるでしょう。
 1999はNT教団にとって、最も神聖な数なのです。」

「そうだったんですか。知らなかった…。ありがとうございます。大切なことを教わった気がします。」

「いえいえ。幹部として当然のことをしたまでです。どうかお気になさらぬよう。」

「西川さん、実はすごい人だったんですね。」

「いえいえいえ!!私など、荒井様やツキヨミ様に比べればペーペーの下っ端ですから。
 鈴木さんも教団に貢献して、シールを沢山貰えるよう、努力してくださいね。

 あ!!そうだ忘れてた!!やらなきゃいけないことがあったんだった!!あの、申し訳ないですけど、私これから忙しくなるので、この辺りで失礼します。それじゃあ!!!」

 カブトムシ男は火急の用を思い出したらしく、入ってきたときと同じように小走りで部屋から出て行った。









 カブトムシ男=西川が幹部であることは予測していた。定例会のとき彼が「ヨサルディンを見つけた!!」と言うと、皆がすぐに反応したからだ。仮にカブトムシ男がいち平信者に過ぎないとすると、あの反応に説明がつかない。誰かがヨサルディン発見の報告をしたからといって、必ずしも真実とは限らないのだ。シール欲しさに虚偽の発見報告をでっちあげる者もいるだろう。
 だが信者たちは、カブトムシ男の報告を鵜呑みにした。それだけ信頼されているということだ。それはカブトムシ男が、教団内で一目置かれている存在だからに違いない。僕はそう考えていた。

 ともかく、これでカブトムシ男が柿原殺害に関与している可能性は限りなく低くなった。ペンダントを紛失していないからだ。
 まあ、必ずしもペンダントを紛失した人間が柿原殺害に関わっているとは断言できないし、ペンダントを持っている人間が柿原を殺している可能性もゼロとは言えない。


 だが、他に手掛かりとなるようなものはないのだ。
 当分の間は、ペンダントを軸に調査を進めていくしかないだろう。




(続く)




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