
「1999」第3章
第5話「ヨサルディン・ポ・ゲペドン(1)」
困ってしまった。
西川、本条、山下のシロが確定し、残る可能性は水野と結城の二人に絞られたわけだが。
ここで完全に行き詰ってしまった。大腸に籠城したまま何日も姿を現さないウンコみたいに、ウンともスンとも言わないのである。
僕は結城のガードを切り崩すのに失敗した。山下を突破口にすることで道は開けると踏んでいたのだが、先日のウィルス騒動は、結城の病的な警戒心をかえって煽ってしまう結果に終わった。
加えて予想外だったのは、水野のガードの固さだ。僕は水野を、これといった特徴のない凡庸な幹部に過ぎないと考えていたのだが、こいつが中々食えない。接触のチャンスは何度か訪れたのだが、その度にうまく躱されてしまった。意外に狡猾な男である。
僕は途方に暮れた。まさに八方塞がりというやつだ。どの方向にも活路が見えない。
打つ手なしの状態である。残念ながら、僕の知力では越えられない壁が存在しているらしい。
そんな時だ。
予想外の相手から連絡があった。自宅の部屋で寝転んで漫画を読んでいたら、母親が入ってきて「何か届いてたよ」と言って手紙を置いて行った。その手紙を見て、驚いた。

これは罠である可能性が高い。何故、ヨサルディン・ポ・ゲペドンが僕にコンタクトをとってくるのか?しかも、「鈴木一郎」ではなく「東芝悟」にだ。奴は僕の正体を知っている。いつ、どこで知ったのだ?
◆
「マジかよ。やべーな。」
井上が青い顔をして言った。相変わらず「マジかよ」と「やべーな」以外のボキャブラリを持ち合わせていない男である。
GARAXYに来るのは久しぶりだった。近頃すっかり足が遠のいている。教団が押し付けてくる仕事の負担が大きくなり過ぎ、僕は身動きがとれなくなりつつあった。
だが、意外にも悪い気分ではない。むしろこの状況を楽しんでさえいる。びっくり仰天である。よもやこの僕が、天上天下唯我独尊にして世界君主かつ神に最も近いところにいるハズの僕が、あのような低俗珍妙なる新興宗教であるところのNT教団における活動の中に、生き甲斐のようなものを見出すとは。或いはこの感覚が、下々の者が言うところの「リア充」というやつなのかもしれない。いや、それはちょっと違うか。何にせよ、宇宙は今日もアイロニーに満ちている。
ていうか、そんなことはどうだっていい。
「小宇宙の樹っていうと、どう考えてもアレしかねえよな。」井上は両替機に小銭を補充しながら言った。
「<アレ>というと?」僕は聞いた。
「ハルマゲドン・クロニクルだよ。略してHQ。なんだよ知らねえのか。」
「むう。」
そうなのか。残念ながらネットゲームには疎いのでよく分からない。
「どうも東芝は、ITに詳しいのか疎いのかよくわからんな。HQって言ったらネトゲの定番だぜ?」
井上は呆れているようだ。申し訳ないがネトゲは守備範囲外である。ネットゲームはOSI参照モデルでいうところの第7層、即ちアプリケーション層に存在する。今のところ僕の知識は第5層、セッション層までしか届いていないのだ。それより上の層のことは分からない。
「どのくらい有名なんだ?」僕は聞いた。
「え、うーん…そうだなあ…。」井上は唸った。
「タモリ8人分くらいか?」
「いや、それはさすがにないわ。ネトゲなんて所詮はオタ文化に過ぎん。地上波の前には無力に等しい。」
「ふむう。それじゃあプログラミング言語で言うとRuby以上Java未満ってとこか?」
「プログラミングの事はよくわかんねーよ。」
「じゃあ消臭剤に例えると、リセッシュ以上ファブリーズ未満ってとこか?」
「もういいよ。
とにかくだ、そのHQつうゲームの中に<小宇宙の樹>つう場所があるから。多分それのことだよ。
ヨサルディンなんたらつう奴は、そこを待ち合わせ場所に指定したんだろ。となると――――――。」
「僕もその、ハルメガドン・クックドゥとかいうゲームをプレイせにゃならんわけだな。」
「ハルマゲドン・クロニクルな。突っ込む気も起きねーよ。まあそういうわけだ。
アカウントのとり方は分かるか?」
「わからんね。」
「…。」
井上の「呆れ」は絶頂に達したようである。難しい顔をして溜息をついた後、井上は煙草に火をつけた
「まあその辺は任せておいて欲しい。要するに、どっかのサーバにアクセスして、データベースにアカウント情報を書き込めばいいんだろう。簡単なことだ。IPアドレスさえ分かれば僕に破れないファイアウォールなんてない。どんな堅牢なシステムにもセキュリティホールは必ず存在する。」
「…ていうかクラッキングかよ!!」
(続く)
「マジかよ。やべーな。」
井上が青い顔をして言った。相変わらず「マジかよ」と「やべーな」以外のボキャブラリを持ち合わせていない男である。
GARAXYに来るのは久しぶりだった。近頃すっかり足が遠のいている。教団が押し付けてくる仕事の負担が大きくなり過ぎ、僕は身動きがとれなくなりつつあった。
だが、意外にも悪い気分ではない。むしろこの状況を楽しんでさえいる。びっくり仰天である。よもやこの僕が、天上天下唯我独尊にして世界君主かつ神に最も近いところにいるハズの僕が、あのような低俗珍妙なる新興宗教であるところのNT教団における活動の中に、生き甲斐のようなものを見出すとは。或いはこの感覚が、下々の者が言うところの「リア充」というやつなのかもしれない。いや、それはちょっと違うか。何にせよ、宇宙は今日もアイロニーに満ちている。
ていうか、そんなことはどうだっていい。
「小宇宙の樹っていうと、どう考えてもアレしかねえよな。」井上は両替機に小銭を補充しながら言った。
「<アレ>というと?」僕は聞いた。
「ハルマゲドン・クロニクルだよ。略してHQ。なんだよ知らねえのか。」
「むう。」
そうなのか。残念ながらネットゲームには疎いのでよく分からない。
「どうも東芝は、ITに詳しいのか疎いのかよくわからんな。HQって言ったらネトゲの定番だぜ?」
井上は呆れているようだ。申し訳ないがネトゲは守備範囲外である。ネットゲームはOSI参照モデルでいうところの第7層、即ちアプリケーション層に存在する。今のところ僕の知識は第5層、セッション層までしか届いていないのだ。それより上の層のことは分からない。
「どのくらい有名なんだ?」僕は聞いた。
「え、うーん…そうだなあ…。」井上は唸った。
「タモリ8人分くらいか?」
「いや、それはさすがにないわ。ネトゲなんて所詮はオタ文化に過ぎん。地上波の前には無力に等しい。」
「ふむう。それじゃあプログラミング言語で言うとRuby以上Java未満ってとこか?」
「プログラミングの事はよくわかんねーよ。」
「じゃあ消臭剤に例えると、リセッシュ以上ファブリーズ未満ってとこか?」
「もういいよ。
とにかくだ、そのHQつうゲームの中に<小宇宙の樹>つう場所があるから。多分それのことだよ。
ヨサルディンなんたらつう奴は、そこを待ち合わせ場所に指定したんだろ。となると――――――。」
「僕もその、ハルメガドン・クックドゥとかいうゲームをプレイせにゃならんわけだな。」
「ハルマゲドン・クロニクルな。突っ込む気も起きねーよ。まあそういうわけだ。
アカウントのとり方は分かるか?」
「わからんね。」
「…。」
井上の「呆れ」は絶頂に達したようである。難しい顔をして溜息をついた後、井上は煙草に火をつけた
「まあその辺は任せておいて欲しい。要するに、どっかのサーバにアクセスして、データベースにアカウント情報を書き込めばいいんだろう。簡単なことだ。IPアドレスさえ分かれば僕に破れないファイアウォールなんてない。どんな堅牢なシステムにもセキュリティホールは必ず存在する。」
「…ていうかクラッキングかよ!!」
(続く)
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