
「1999」第3章
第7話「ヨサルディン・ポ・ゲペドン(3)」
「いくつか質問がある。答えてもらえるだろうか?」僕は聞いた。
「いいとも。」
「何故、僕を呼び出した?」
「君に危険を知らせるためだ。」
「<危険>とは?」
「具体的には言えない。というか分からない、というのが正直なところだ。だが、それは命に関わる種類の危険だ。それだけは間違いない」
「何故、僕に危険が迫っている?」
「君が教団に深く関わりすぎたせいだ。」
「ふむ。ということは、僕の正体を知っている人間が教団内にいるということだな?」
「そうだ。」
「それは誰だ?」
「分からない。」
「分からない。では何故、僕の正体を知る人間が教団の中にいると断言できる?」
「いい質問だ。謝罪しよう。私はウソをついた。私はその人物を知っている。だから断言できるのだ。」
「分かった。では何故、貴方は僕に嘘をつかなければならなかった?その人物に口止めされているからか。」
「そうだ。」
「何故口止めを守る必要がある?」
「…。」
「ヨサルディン・ポ・ゲペドン。貴方は教団側の人間ではない。僕は貴方をむしろ<教団の敵>であると認識している。
だとすれば、僕の正体を知る人物についての情報を提供することは、教団にとってはマイナスかもしれないが、貴方ににとってのマイナス要素とはならないはずだ。もし、なるのだとしたら、可能性はひとつしかない。貴方は教団とグルなのだ。」
「なるほど。君はとても頭が良いな。申し訳ないがこれ以上の質問には答えられない。」
「そうか、分かった。」
「今度は私から質問させてもらいたいのだが、いいだろうか?」
「構わない。」
「何故、柿原の死について調査している?」
「柿原が僕の友達だったからだ。」
「それ以外に理由は?」
「特にないね。」
「そうか。では、次の質問だ。
先程警告したように、君には危険が迫っている。調査を続ければ命の保証はできない。理解してもらえたかな?」
「ああ。理解した。」
「それは調査を打ち切る、という意味だと受け取ってよいかな?」
「いいや。調査を続ければ命の危険に晒される、ということを理解しただけだ。調査は続行する。」
「そうか。」
「質問はそれだけか?む、すまない。質問をしてしまった。」
「構わないよ。質問はこれだけだ。
一応言っておくが、私はメッセンジャーに過ぎない。君に危険を知らせるよう、ある人物に依頼されてここに来ただけなのでね。
しかし私は君に好意を持った。君は勇気がある。そしてとても頭が良い。そんな君に敬意を表して、ひとつだけ忠告させてもらいたい。
君は致命的な間違いを犯している。それに気づかない限り、これ以上、一歩たりとも真実には近付けないだろう。」
「間違い?」
「そうだ、間違いだ。私から言えることはそれだけだ。後は君が考えろ。」
そう言うと、ヨサルディン・ポ・ゲペドンは姿を消した。
「…何だったんだ一体。全っっっ然意味が分かんなかったんだけど。」
井上が呟いた。ツインテールの魔法少女の仮面の下に、青白い素顔の片鱗が見えた気がした。
「わからん。
確かなことは、ここで僕たちにできることは残されてないってことだな。」
「うむ。」
僕と井上はハルマゲドン・クロニクルの世界からログアウトした。
ヨサルディン・ポ・ゲペドンは全く信用ならない男だ。はっきりいって、先程会った男がヨサルディン・ポ・ゲペドン本人だったかどうかも疑わしい。或いは教団内の何者かが、ヨサルディン・ポ・ゲペドンを騙っていたのかもしれない。だとすれば、やはり罠だったのだ。とは言えその確証はない。本人だったかもしれないし、偽物だったのかもしれない。それ以上のことは分からない。だから、この会合が罠だったかどうかについてこれ以上くよくよと考えるのは、時間とエネルギーの無駄でしかない。僕はこれ以上考えるのを止めることにした。
だが、ひとつだけ引っかかっていることがある。奴は最後に言い残した。
君は致命的な間違いを犯している。それに気づかない限り、これ以上、一歩たりとも真実には近付けないだろう。
この言葉が耳に張り付いて剥がれない。そこには確かに真実の響きがあった。
ヨサルディン・ポ・ゲペドンによると、僕は「致命的な間違い」を犯しているらしい。
(続く)
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