大衆酒場ベスト1000
第3回「平家(板橋)/焼豚」
ディープな街探検で稀に起こる奇跡
 先日、飲み仲間であるS氏とド平日の仕事後、板橋なる駅で待ち合わせをしました。このS氏、知る人ぞ知る日本トップクラスの“街”探究家であり、一緒にフラフラと街を徘徊しては「ここ美味そう」「ここヤバそう」「ここ痛い目見そう」と、明らかに異質なオーラを発している店に飛び込んで、なんの捻りもなく痛い目を見る、といった遊びをたまにするんですが、それがこの上なく楽しいのです。

 そして今回初めてターゲットに決めた駅が“板橋”。「馴染みの街もいいけど、全然用事も興味も無い街に戯れに行ってみるのもいいよね〜」みたいなノリで適当に決めました。板橋住民の皆様には失礼な動機となりまして申し訳ありません。しかし結論から言ってここ、池袋と赤羽という、強力な磁場を発する2つの駅の中間地点にあり、かな〜り興味深い街でしたよ。お住まいの方やよく利用する方にしか伝わらないと思いますが、東口を出て素敵なネーミングの喫茶店「ピコリーノ」の横を通り過ぎ、何軒かの大衆酒場、スナックも通り過ぎ、「ここ本当に駅前?」って雰囲気になって来たところで急に現れる細っい横丁、あそこヤバすぎですよね(大爆笑)。と、ここらで閑話休題とさせて頂きまして、19時を回り、街が活気づく素敵な時間帯、さっそく徘徊を開始します。

 歩いてみるとストレートに“大衆酒場”と書かれた暖簾を掲げる店が所々に見られ、どこに入ってやろうかと大いに迷いますね。この時点でもう板橋、大好きになりました。中でも一番バラック感の強い「大衆酒場●●」(ここは店名伏せます)に一件目を決定。

 店の前には自転車が数台。外にメニューは一切出ておらず、アルミ制の引き戸の窓は全て磨り硝子になっていて中の様子を伺い知ることは出来ません。「入り口です」の殴り書きがある一枚のドアをカラカラと開ける、この瞬間がたまりませんね。店内は10畳くらいの広さでしょうか、牛丼屋でお馴染みのコの字カウンターに圧迫され、客席は激狭です。10人位入れば満席でしょう。先客は4名。最年長と見られるコンパクトなおじいちゃんは、座ったままの体制でじっと寝ておられました。壁、天井、床、全て真茶色。完全に時間が止まっています。しかも小奇麗に掃除が行き届いているかといえばそんなこともなく、コの字カウンターの中は物で埋め尽くされ、正体不明の煮込み料理(?)が入れられたジャーの内釜だけが、どんとカウンターに乗っていたりします。うん、いい感じ。瓶ビールを注文すると、これは流石に普通にうまいです。メニューを見回し、ハズレの無さそうなマカロニサラダと湯豆腐を様子見注文。程なくしてマカロニサラダが到着しました。キュウリ、ニンジン、マカロニの他にりんごも入っていて洒落てますね。よく観察すると全ての材料の表面が、なんだかザラついてます。溶け切ってない塩かなと思ったんですがさにあらず。食べてみるとこれ、ビッシリとまぶされた味の素ですね。かなりしょっぱい味付けで、否が応にもビールが進みます。すぐ飲み終わり、ウーロンハイを注文。大衆店では珍しい、大きめで非常にクリアなかち割り氷が入って、意外にもおいしい!これにはこだわりを感じましたね。さらに湯豆腐が到着。グラグラと煮立った小鍋に豆腐、白菜、水菜などが入れられ、見た目はいい感じですよ。しかしこれを小皿に取って食べてみると!にわかには信じがたいことですが、相当に“カルキ臭い”です。「え?こんなに茹だったお湯にもカルキ臭って残るの!?」「そもそも氷にはあんだけこだわってるのに、水にこだわり無いの!?」とまぁ、涙ながらに湯豆腐を流し込み、早々に退散させて頂きました。

 あれ、前置きが長くなってるな。こっからが紹介したい店なんですが。とにかくそんなわけで我々は、ニヤケ面で出た店の文句を言い合いながら(すげぇイヤな奴ら…)新たなターゲットを探します。次に目に止まったのが今回紹介する、中華料理の「平家」さん。“お客さんの顔が全員おもしろかったから”という大変失礼極まりない理由で入店したんですが、ここが大当りでした!店内には魅惑のラーメン匂が充満。とりあえずなんで深くは考えず、ラーメンと焼豚を注文してみました。注文後すぐにやって来たのがこれ!




焼豚/600円
焼豚/600円




 届いた瞬間、脳内でドスン!って音がしましたよ。そのくらいまず、ボリュームがすごい!そしてこの厚切り!写真では伝わりにくいかもしれませんが、1枚約2センチ弱。さらにご覧下さいこの、脂身と肉の理想的過ぎるバランス!雑な感じの盛り方にも、「お客さんが喜んでくれれば見た目なんていいんだよ!」という料理長さんの人柄が表れているようで、とっても好ましいですよね。食べてみると正油ベースで甘めの味付け。八角の風味などは感じられないのでオーソドックスな和風の焼豚というんでしょうか。箸で掴むのにも難儀する一枚を持ち上げて口へと運ぶと、繊維にそってホロホロと崩れる肉と、その間をトロリと溶けながらコーティングしていく脂の、極上のハーモニー。思い出したらヨダレ出てきた。600円という値段もこれ、味、量を考えると相当安いですよ。過度な期待が無かった分、こういう出会いは本当に嬉しいですね。その後届いた正油ラーメンも、透明感の無い独特な濃厚スープと沖縄ソバ的な太麺の絡みがたまらなく、茹でられたサヤエンドウが意外にも絶妙な風味をプラス。さっき食った湯豆腐をなんとか吐き戻せないかと苦悶するするほどの絶品でした。しかも今時550円!ここですでにお腹はパンパンです。メニュー多いし色々試してみたいのに!座敷もあるから今度は新年会なんかに使うのもいいなぁ、なんて思いながら再訪を誓った名店でございました。お近くにお出向きの際は是非!

 余談ですがその後、オープン50年というまた別の真茶色のお店で締めのウーロンハイを頂き。約40分間一瞬たりとも止まることはない女将(70)の、主に行政に対する愚痴を聞かされ続け、ニヤケ面で出た店の文句を言い合いながら帰路に付いた次第です。帰りがけ「また来ますって言わないでね!そう言ってまた来た人はいないんだから」という女将さんの言葉が「また来ます」ってさっさと帰ろうとしていた自分にとって、なんだかやけに深い言葉となりました。まぁその後「また来ます」と言って帰ったS氏も強者ですけどね。(※)

 うん、それではまた!


(※)もちろんその後「冗談ですよ!」のフォローが入りました。




関連サイト
居酒屋 中華居酒屋 平家




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