1999
「1999」第2章
第2話「NT教団(2)」




 で。

 僕たちはパーティションで区切られた部屋の中へ通された。
 その部屋には長机とパイプ椅子が数台あり、奥にはホワイトボードが置かれていた。ホワイトボードの手前の机の上には、プロジェクターが乗っかっている。

「説明会は14:30からになりますので、すいませんが、しばらくここでお待ちくださいっ」
 マッチ売りの少女は笑顔でそう言い、去っていった。僕は去り行くマッチ売りの少女の後姿を何となく眺めていた。

「アンタ、あーゆーのが好みか。ふうん。」
 鈴木は僕の顔をニヤニヤしながら覗き込んできた。いちいち突っかかって来る女である。こんな凶悪な奴が秋葉でメイドをしてるのだから恐ろしい。21世紀は始まったばかりだというのに、既に世も末である。

「ま、アンタの好みなんぞどうでもいいけどね…。
 それにしても、中々ヤバそうな雰囲気が醸し出されてきたじゃない。何が飛び出してくるか分かったもんじゃないわね。」

 鈴木はこの状況を楽しんでいる様子だ。何が飛び出してくるのかは確かに分からないが、少なくともこの女より恐ろしいものではないような気がする。
 いずれにせよ、こちらの目的はひとつである。柿原と教団の関係がわかりさえすればいい。

「そういや、例のペンダントは持ってきてくれた?」僕は鈴木に尋ねた。

「おう。」
 鈴木はポシェットに(ハート型のファンシーなやつで、凶悪な鈴木には全く似合っていなかった)手を突っ込み、中から卵型のペンダントを取り出した。

「何度見ても気持ち悪いわ、コレ。」

「うむ。」
 僕はペンダントを手に取って眺めた。井上によれば、こいつの出所はこの教団らしい。一体どういった目的で作られたものなのだろう?

「そろそろ始まるみたい。」
 ペンダントを観察していた僕に、鈴木がそっと耳打ちした。凶悪な女の凶悪な呼気が耳に吹きかかったせいで、思わず鳥肌が立った。

 しばらくして、教団の信者と思われる男女が部屋に入ってきた。二人は長机の間を通り抜け、ホワイトボードの前に立った。男のほうは30代中盤と思われる。女のほうは、どうみても中学生くらいにしか見えない。二人とも真っ白で襟の無い服を着ている。仏教僧が着ている法衣とも違うし、キリスト教の神父が着るやつとも違うが、ひと目で「宗教関係」と分かる服である。


 ふと背後を見やると、男が最後方の席に座っていた。神経質そうな顔をして、くたびれたスーツを着たサラリーマン風の男だ。こんな酔狂なセミナーに付き合う奴が僕たち以外にもいたなんて、ちょっと驚きである。


「本日は当教団のセミナーにお集まり頂き、誠に有難うございます。」
 ホワイトボードの前に立った、白衣の男が言った。「お集まり頂き」つっても3人しかいないじゃん…と思ったが、とりあえず黙っておくことにする。

「NT教団広報部の荒井と申します。こちらにおられるお方は、我が教団の教祖――――ツキヨミ様であられます。」
 男は少女の方向に掌を向け、そう言った。実に胡散臭い男である。おまけに隣で不機嫌そうな顔をして立っている少女が教祖ときたもんだ。


「それではセミナーを始めさせて頂きます。

 皆様は、こんなことを考えたことはないでしょうか?

 何故、世界はこれ程までに腐敗し、混乱し、悪意と憎悪に満ちているのか?
 何故、この世界から悲しみは無くならないのか?

 都市には堕落と猥雑さと犯罪が溢れ、もはや人の住める場所ではありません。選挙に当選することにしか興味のない政治家が法律を作り、弁護士はその法律を悪用して、弱者から搾取しようと企んでいます。医者はありもしない病気をでっちあげて、病院に来る患者を恐怖に陥れ、彼らから財産を巻き上げようとしています。マスコミは平気で嘘やデマを撒き散らし、人々を混乱させています。教育は崩壊し、自制心を失った子供たちは教室の中を狂った獣のように暴れまわっています。

 現実から逃避するために麻薬や覚醒剤に走る若者。
 絶望のどん底で酒に溺れ、アルコール中毒となって死んでいく中年。
 己の既得権益を守ることしか考えない老人。

 ありとあらゆる人間が己の欲望を満たすためだけに生きています。優しさや謙虚さ、人徳、分け与える心といった、美しい感情はどこへ消えてしまったのでしょうか?
 今の人類には、この世界で生きていく資格がありません。地球環境を破壊し、他の生物に迷惑をかけるだけの、最低最悪の存在に成り下がってしまったのです。

 もう一度問います。
 何故、世界はこれ程までに腐敗し、混乱し、悪意と憎悪に満ちているのか?
 何故、この世界から悲しみは無くならないのか?

 その答えは『1999年』にあります。
 偉大なる予言者ミシェル・ノストラダムスが著書に書き記したように、1999年7の月、アンゴルモアの大王が降臨し、ハルマゲドンによって人類は滅亡する筈でした。

 それは腐りきった世界を浄化するために、神が与えた恵みでした。
 同時に、地球再生への唯一の希望でもあったのです。

 ノストラダムスの予言通りにハルマゲドンが起こっていれば、悪しき人々は死に絶え、新たなる人間の世紀が始まっていたことでしょう。そこは叡智と栄光に満ちた、すばらしい世界となっていたに違いありません。


 ですが、残念ながらハルマゲドンは、ある男によって阻止されてしまいました。
 アンゴルモアの大王はその男によって、封印されてしまったのです。

 一体誰が――――何の目的で、ハルマゲドンを阻止したのか?

 私たちの教団は、長い年月をかけて、ついにその人物を特定することに成功しました。

 その忌まわしき男のの名は―――――


 『ヨサルディン・ポ・ゲペドン』といいます。」




(続く)




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